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演劇科通信 第101号(平成22年7月20日)より

 

一挨一拶 (いちあいいっさつ)

演劇科長 秋津シズ子

 

演劇だけじゃなく、すべてのことは挨拶に始まり、挨拶に終わるといっても言い過ぎでは

ない。演劇科でも、初めに教わるのは挨拶。授業の始まりも挨拶。終わったら挨拶。

劇場に入ったら、挨拶。人と出会ったら、挨拶。挨拶。

小さな子どもにまず教える言葉は「ありがとう」。人としてのスタートの言葉。

海外に行くときに覚える言葉は、まず「こんにちは・さようなら・ありがとう」。最低限、

知っていなければどうしようもない言葉。挨拶は、決まった言葉を使うことが多いので、

誰とでもコミュニケーションが交わせる気になりがち。しかし、それは本当だろうか?

決まった言葉を言っておけばよいという態度は、逆にコミュニケーションを阻害しやしないか。

心のない言葉は、決して会話を生むことはない。

「こんにちは」=「今日は、お元気そうで何より嬉しく思います」とか、相手に出会った

とき、相手を思いやり、変化や状況を言葉で伝えてねぎらう感情の短縮形。「ありがとう」

=「有ることが難しいくらいの喜びを与えてくださって、感謝いたします」の短縮形。

「さようなら」=「左様ならば、本日も無事に終了できますことに感謝して、失礼いたし

ます」など、一日の終わりに対しての終止符。言葉が定着する過程で、元来持っていた深い

感謝の気持ちがどこかへ置き去られて、形だけを使ってしまっていないだろうか。丁寧に

相手に向き合い、言葉を掛け合うことが、元来挨拶の持っている機能だろう。

挨拶の語源である、一挨一拶は、禅宗の問答の様。問いかけて、返答する。相手の心を探り、

切り込む。

 

演劇科で授業の始めに挨拶を考えて、その日その時の出会いを大切にする習慣は、ここに

ベースがある。定型の言葉を、誰かの号令で口から垂れ流すのでなく、頭と心を使って、

大切な時間を共有するためのスタートを全員で気持ちよく切る。実は、そんな理由がある。

 

でも、とりあえず、挨拶は元気に気持ちよく、大きな声で! が基本中の基本。

相手より先に、自分から挨拶。これも基本中の基本。守れていますか?

 

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演劇科通信 最新号(平成22年4月8日 新入生特別号)より

演劇科通信の例

好き・嫌い

演劇科長 秋津シズ子

 

○○は、好きですか嫌いですか? という単純な質問をされることがあります。

 

例えば、それが食べ物だとしたら、意外に簡単に答えが出せます。あくまでも個人の嗜好

の問題だから、あれは好き、これは嫌いと答えられます。でも、それが意外に仕事上の障

害を引き起こすことも。取引先の方と会食した場合、あるいは上司にご馳走していただく

場合、「それ、嫌いなんです、食べられません」などと言おうものなら、もう、その場に

いることは出来ないので、仕事はキャンセル。自らチャンスの目を摘む結果に。と、これは

極端な例だけど、あり得ます。

 

好きや嫌いと、何事につけても単純な振り分けをすることは、実はとても子供っぽいこと。

自分の意思をはっきり伝えているから、それは素晴らしいことだと勘違いする向きもある

おろかな行為だと言えます。好きじゃないかもしれないけれど、嫌いじゃないかもしれない。

嫌いとはいえないけど、あえて食べない。匂いは好きだけど、食感が苦手。食べるけど、

特別好きということもない。など、実はいろんな側面があります。それは、人間関係でも

同じこと。苦手だなって思う人もいるし、一緒にいたいと思う人もいるのは当然。特別に

好きという場合もあります。今まで育った環境も、家庭もさまざまな人が集まってくるの

が高校。特に演劇科は、広い地域からクラスメイトがやってくるので、お互いにびっくり

することもあるはず。中学までの狭い地域付き合いから、広い地域付き合いになるのですから。

 

トマトもきゅうりもキャベツも白菜も、苦みの強いゴーヤも、香りの強いセロリも、全部

同じ味では食事は楽しいものじゃありません。すべてマヨネーズやケチャップをかけて、

誤魔化してしまうやり方はあまりにもお粗末。そんな鈍感な味覚の持ち主とは、食事を共

にする楽しみもない。一つ一つの食材が、一生懸命作り手によって育てられているのだから、

きちんと味わいたい。それが人生を豊かに彩ってくれるのだから。

 

良い・悪い、上手い、下手という二つに一つしかないような判断も同じこと。

 

素材は料理の仕方で、かなり幅広い顔を見せてくれます。決め付けないで、彩り豊かな

演劇科生活を送ってくださいね。

 

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